植物生理学(長谷研究室)



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  研究の背景

 植物は、光合成に基盤を置く生活方法を選ぶことで、動物とは異なる進化の路を歩んできた。その過程で植物は、独特な光応答機構を発達させることにより、巧みに光環境を認識しこれに対処することを可能にしてきた。我々の研究室では、これらの応答の機構を分子レベルで解析している。

 * 植物の光応答
    ・植物の光応答
    ・代表的な光生理応答
 * 植物の光受容体
    ・フィトクロム
    ・フォトトロピン
    ・クリプトクロム
 * 植物の光応答の細胞内シグナル伝達
    ・フィトクロムのシグナル伝達機構
    ・フォトトロピンのシグナル伝達機構
    ・クリプトクロムのシグナル伝達機構

 

  植物の光応答

* 植物の光応答

  固着生活を営む植物においては、一見すると一方的に環境変化を受け入れて生きているように見えるが、実際は、光を情報源として用いて、自らの生理・発生分化を制御している。典型的な植物の光応答として、光発芽、脱黄化、光屈性、避陰反応、光周性などが挙げられる。これらについて以下、簡単に説明する。
    

* 代表的な光生理応答

<光発芽>
  多くの植物の種子は、光の量や質に問題がある条件下では発芽をせずに休眠状態に留まり、光が十分にあたる条件でのみ発芽する。これを光発芽という。このような応答を示すことにより、植物は、生育に不適切な場所や時期に発芽してしまうことを防いでいる。

<脱黄化>
  暗い場所で発芽した植物はモヤシ(黄化芽生え)の形態をとる。これは栄養不足のせいではなく、植物は暗所では積極的に葉の展開を抑制し、茎を伸長させることで一刻も早く明るい環境に到達しようとする。そして、光を受けた黄化芽生えは速やかに形態を変化させるとともに葉緑体を発達させ光合成を始める。

    
<光屈性>
  一見、運動性を欠く植物であるが、細胞の膨圧や細胞伸長速度のバランスを変化させることで身体を「動かす」ことができる。光の方向に茎をまげる光屈性はその典型的な例である。

<避陰反応>
  クロロフィルは可視光領域の光、特に青色光を赤色光を良く吸収するが、遠赤色光は吸収しない。他の植物がつくる日陰においては、光合成に適した赤色光成分が減少する。植物は、赤色光と遠赤色光の比率をモニターし、他の植物の陰に入ってしまった場合、茎を伸ばすなどの応答を示してより良い光環境を得ようとする。これを避陰反応という。
  
<光周性>
  地球上の多くの場所では四季が存在し、植物は生活環をそれに合わせて生活している。このために植物は、現在が一年のうちのどの時期であるかを知る必要がある。これを実現するための一つの強力な方法として、植物は日長の変化をモニターして季節を判断する。これが、日長感受性あるいは光周性と呼ばれる応答である。

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  植物の光受容体

  植物の光受容体には、フィトクロム(赤色光・遠赤色光)、クリプトクロム(青色光)、フォトトロピン(青色光)の3種が知られる。これらのうちクリプトクロム以外は、植物に特有の光受容体である。

    
     (Furuya & Song, 1994より改変)

* フィトクロム

<フィトクロムの発見>
  Borthwickらは、レタスの種子発芽誘導において、赤色光と遠赤色光がそれぞれ、促進的、阻害的に働くことを見出した。さらに、これらの光を交互に照射したときに、発芽への効果は最後に照射した光の波長で決まることを見出し、赤色光吸収型と遠赤色光吸収型の間を光変換する色素を提唱した(Borthwick et al., 1952)。これが有名な赤・遠赤色光光化逆性の発見である。

     
     図: フィトクロムによる赤/遠赤色光可逆的発芽誘導
           (Borthwick et al., 1952より改変)

  Butlerらは、赤色光吸収型と遠赤色光吸収型の間を光変換するタンパク性の色素がトウモロコシの黄化芽生えに含まれること見出した(Butler et al., 1959)。これが植物に特有の光化逆的な光受容体「フィトクロム」の発見である。フィトクロムは陸上植物にのみ存在すると考えられていたが、最近、シアノバクテリアを中心にフィトクロム様タンパク質が多数発見された。 フィトクロムは、上に挙げた植物の光応答のうち、光屈性を除く全ての応答において主要な光受容体として働いている。
       
      図: フィトクロム・タンパク質のPr-Pfr可逆的光変換
           (Butler et al., 1959より改変)

<フィトクロムの分子構造>
  フィトクロムは単量体分子量約11万の可溶性色素タンパク質で、発色団として開環テトラピロールであるフィトクロモビリンを1分子、システイン残基を介して共有結合している。フィトクロムは不活性型であるPr型で合成され、赤色光を吸収することにより活性型であるPfr型に変換される。また、Pfr型は遠赤色光を吸収することで不活性化されPr型に戻る。有名な赤/遠赤色光光可逆性はフィトクロムのもつこの性質の現れである。また、赤色光と遠赤色光の比率に応じてPfrとPrの間の光平衡が変化し、植物はこの変化を認識して避陰反応を引き起こす。
     
       図: フィトクロムの一次構造の模式図

 フィトクロムは比較的大きなタンパク質であり、大まかにN-末端側とC-末端側の2つの領域に分けられる。前者がフィトクロムの分光光学的活性を担っており、これのみで試験管ないでPr/Pfr間の光変換を示す。一方、後者は2量体化能と核移行活性をもつ。

  フィトクロムのC-末端領域内には、PASドメインとキナーゼ相同性ドメインが見られる。これらのドメインが存在することから、フィトクロムのシグナルはC-末端領域から発信されると予想されていたが、N-末端領域のみを発現させても光受容体として機能することが判明した。フィトクロムのN-末端領域内には、さらに細かく、N-末端突出ドメイン、PAS様ドメイン、GAFドメイン、PHYドメインの4つの領域が認められる。発色団はGAFドメインに結合する。最近、バクテリオフィトクロム(後述)の一種でPAS-GAFドメインの結晶構造が明らかにされた。
  
          図:phyBの各ドメインの役割

<フィトクロムの分子種>
  遺伝子レベルの研究が行われる以前より、フィトクロムには性質の異なる分子種が存在する可能性が指摘されていたが、1989年に、生化学的、分子生物学的な手法により、フィトクロムにはアミノ酸配列が異なり、別々の遺伝子にコードされた分子種が存在することが証明された。その後の研究によると、phyAとphyBはシダと種子植物の分岐の直後に分岐したと考えられる。

      
     図: 陸上植物の進化過程におけるphyAとphyBの分岐
            (Mathews, 2006より改変)

  phyAとphyBの機能的な差は、その後の変異体を用いた研究により明らかとなった。phyAは暗所で高レベルに蓄積し、Pfr型に変換された後は速やかに分解される。また、連続遠赤色光への応答(遠赤色光高照射反応)や広い波長の微弱光への応答(超低光量反応)はphyAの働きによる。これらの応答は、低いPfrレベルで応答が起こる特殊な反応である。どのようにしてそれが可能となるのか、興味がもたれるが分子機構は不明である。一方、phyBは明暗にかかわらず一定量存在しPfr型が明所でも安定である。避陰反応はphyBの働きによる。
    
 図: phyA欠損、phyB欠損、およびphyAphyB二重欠損変異体の芽生えの緑化


* フォトトロピン

<フォトトロピンの発見と分子構造>
  フォトトロピンは1997年に米国のBriggsらのグループにより発見された青色光受容体である(Liscum et al., 1997)。その構造はクリプトクロムとは全く異なる。フォトトロピンは単量体分子量10万前後の色素タンパク質で、N-末端側にFMNを結合するLOVドメインを2つもち、C-末端側にはセリン/トレオニン・キナーゼドメインをもつ。このうちLOVドメインはバクテリアにも見られる。
 LOVドメインはPASドメインの一種であり、FMNを結合し、光で励起されると、FMNとアポタンパク質の間に共有結合が形成される。このようにして形成された付加物は不安定で、暗所において自発的にもとの状態に戻る。付加物が結合した活性化状態では、LOV2ドメインの構造が変化しC-末端側のセリン/トレオニン・キナーゼが活性化される。すなわち、フォトトロピンは光によって活性化されるタンパク・キナーゼである。
    
        図: フォトトロピンの一次構造の模式図

<フォトトロピンの生理応答>
  フォトトロピンは光屈性の受容体として発見されたが、その後の研究で、葉緑体定位運動と気孔開口の光受容体でもあることが見いだされた。フォトトロピンにはphot1とpho2の二つが存在し、大まかには、phot1がより弱い光に、phot2が強い光に対する光受容体として働いている。
    


* クリプトクロム

  クリプトクロムは1993年に米国のCashmoreらのグループにより発見された青色光受容体である(Ahamad et al., 1993)。その構造は生物界に広く存在する光回復酵素と相同性をもつ。植物での発見を契機として、動物にもクリプトクロムが存在することが示された。

 クリプトクロムにはcry1とcry2の2つの分子種が存在する。cry1は脱黄化や明所での形態形成などに関わる。cry2は花芽形成を促進する主要な光受容体である。

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  植物の光応答の細胞内シグナル伝達

  光受容体によって感知された光情報は、細胞内シグナル伝達機構の働きで、細胞の応答を引き起こす。フィトクロムとクリプトクロムの細胞応答は、主に遺伝子発現の制御による。一方、フォトトロピンの場合は、生体膜の性質がフォトトロピンによって変化することで応答が起こると考えられている。光受容体ごとに異なるシグナル伝達機構をもつが、それらの間や、他のシグナル伝達機構との間に相互作用が見られる場合がある。

<フィトクロムのシグナル伝達機構>
  植物の光応答の特徴の一つは、多くの場合、光刺激に応じて遺伝子発現のパターンが変化することである。フィトクロムのシグナル伝達機構については、様々な説が提唱されてきたが、現在では、核内において何らかの機構により遺伝子発現を制御していると考えられている。これを裏付ける証拠として、第一にフィトクロムが核内に存在することが挙げられる。Pr型で合成されたフィトクロムは暗所では細胞質に留まるが、光刺激を受けPfr型に変換された後に核内に移行する。

   

     図 白色光照射によるphyB-GFPの核内蓄積の誘導

 フィトクロムが核内でシグナルを伝達する機構として最も有力なのが、転写因子との相互作用である。フィトクロムは、PIFと呼ばれるbHLH型の転写因子群と光依存的に結合する。これらの転写因子は、核内でフィトクロムによる制御の一次ターゲットとなる遺伝子のプロモーター領域にあるG-box配列に結合し、フィトクロム応答を負の因子として抑制している。フィトクロムは、これらの因子のプロテアゾームによる分解を促進することで、光応答を引き起こす。
    
     図 フィトクロムによる遺伝子発現制御機構の模式図

<フォトトロピンのシグナル伝達機構>
  フォトトロピンは水溶性タンパク質であるが、細胞内では主に細胞膜に存在する。これは膜上の何らかのアンカータンパク質との結合によるものと考えられる。また、光刺激を受けたphot1の一部が膜から細胞質に放出されること、一方、phot2の一部はゴルジ体と結合することが報告されている。
 その生理作用や細胞内分布から考えて、フォトトロピンは細胞膜上で何らかの膜機能を制御していると考えられる。フォトトロピンのキナーゼ活性が光により活性化されることから、何らかの膜上の基質タンパク質をリン酸化することによりシグナルを伝達している可能性が高い。フォトトロピンのリン酸化ターゲットを明らかにすることが急務であり、いくつかの候補が知られているが、シグナル伝達との関わりがまだ良く分かっていない。


<クリプトクロムのシグナル伝達機構>
  クリプトクロムは主に核内に存在する。光で活性化されたクリプトクロムは光形態形成の抑制因子であるCOP1と相互作用することによりシグナルを伝達すると考えられている。


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